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ここは朔が支配人を務める劇場《閑古鳥の啼く朝に》のサロンです。上映案内から、日々のつれづれ事まで。          のんびりまったり更新中。renewal:07/05/02
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2024.03.29 (Fri)
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2011.01.01 (Sat)
 まさか死産。
 その考えが頭をよぎり、居並ぶ使用人たちをかき分けるようにして寝台に近付く。
 寝台横には、ひざまずくようにして控えている産婆の姿があった。
 腕の中に何かを抱え込んだ格好で、寝台にうつ伏せで横たわったまま枕に顔を伏せて泣いている妻を慰めているようだ。
「赤子はどうしたのだ」
 状況把握のためについ詰問口調になる。
 産婆は弾かれたように体を起こすと、おずおずと腕の中のものをソリュートへ差し出した。
「男児でございます…」
 その言葉とともに、産婆の腕に抱かれていたものの覆いが取り払われる。
「これは…」
 普段は不機嫌以外の表情を出さないソリュートでさえ、それを一目見て絶句した。
 未熟児らしく形は小さいが、赤子は確かにヒトの姿形をしていた。
 妻に似たのか、生まれたばかりだというのに雪で洗ったような白い肌には汚れ1つない。
 小さな手足をしきりに動かしながら、宙に向かって何かを求めるようにむずがっている。
 そう、何かを求めるように。
 赤子は未だ見えないはずの目を、黒曜石をはめ込んだような両眼を見開き、泣くこともせずにじっと宙の一点を見据えていた。
 その様は異様としか言いようがなかった。
 まるで千の齢を重ねた賢者のごとく落ち着きはらった眼差し。
 そして何より異様だったのは、その瞳の色、さらに髪の色だった。
 黒。
 フィンデル・ファロスにすまう人間には決して表れない色。
 黒は今は封印された異界に棲む魔族の色。
 しかも魔族の中でも高位の者にしか表れない色だった。
 

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2011.01.01 (Sat)
 未熟児として生まれた赤子は、トリアス・ハーンと名付けられた。
 トリアスが生まれた日のことを、ソリュートは今でも昨日のことのように覚えている。
 ちょうどその日は公休日で、しかし学長に休む暇などなく、自宅の書斎に籠もって書物の山に囲まれていた時のことだ。
 突如として屋敷の中に身の毛もよだつような悲鳴が響きわたった。
 続けて廊下を慌ただしく行き来する足音が続き、眉を顰めているうちに書斎の扉をノックする音が。
「旦那様、ご子息の誕生でございます」
 使用人からそう告げられて、そういえばもうそんな時節か、と気付く。
 約1年前に見合い結婚をした妻とは反りが合わず、新婚当初から別居状態だ。
 ソリュートは若い頃から仕事が恋人というような男であったし、妻の方は日がな1日窓辺に座って刺繍をしているような女であった。
 どちらも自分から積極的にコミュニケーションを取りに行くタイプではなく、夫婦となっても顔すら合わせない日が1週間続くこともざら。
 そんな時の妻の懐妊だった。
 ソリュート自身に身に覚えはなくとも、不貞を働くような妻でないことも分かっている。
 結局何の話し合いの場も設けないまま、うやむやのうちに今日の日を迎えたのであった。
 それにしても、先程の悲鳴は何事か。
 義務感半分、好奇心もう半分、残りはかすかな苛立ちを感じながら妻の主寝室を訪れると、そこには寝台を取り囲むようにして棒立ちになっている使用人たちの姿があった。
「何事だ」
 仮初めにも後継ぎ誕生の瞬間に立ち会ったというような喜びや興奮といった様子ではない。
 部屋には重苦しい沈黙が幾重にも折り重なり、時折漏れ聞こえてくるすすり泣くような声は、赤子ではなく初産を終えたばかりの妻のものだった。

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2011.01.01 (Sat)
 エアーティアの近く、南に数日の距離に学問都市セイナッハがある。
 セイナッハは古くから自治都市として独自に発達してきた都市であり、円い城壁に囲まれた内部は、中心に聳える総学長の塔を起点にケーキをカットするように特徴あるいくつかの地区に分かれている。
 それぞれの地区には学長がおり、独自の知識体系を形成してきた。
 中でも古いのは歴史地区で、歴代の総学長を幾人も排出してきた名門である。
 現在の歴史地区学長の名はソリュート・ハース。50を幾つか過ぎた、世の中に何一つおもしろいことなどない、とでもいうような仏頂面が地顔になってしまっている男だ。
 彼の父親もかつては歴史地区の学長を務めており、現在は総学長の座に就いている。
 ハース家の家名は、半エルフであり永くセイナッハの総学長を務めたレーン・ハースに由来する。
 レーン・ハースは生涯独身を貫いたが、代わりに多くの養子を育て上げ、ソリュートの家もそうして始まった傍流の家系である。
 先祖はおよそ1000年前、セーナ女王時代の歴史地区学長リッタ・ハースまで遡ることができた。
 そして今から12年前、ソリュートに待望の跡継ぎが誕生した。
 

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2011.01.01 (Sat)
 話をエルフに戻そう。
 創造神フレアディルによって天空に輝く星々の地上における化身、すべての善なるものの象徴として創られしエルフ。
 しかし5柱の女神によるフレアディルの追放によって種の繁栄を閉ざされた彼らは、支配権を人間に明け渡した後、大陸の北に位置するエアーティアに隠れ棲むようにしてその永い生を歩んできた。
 四善力によって守られしエアーティアの森は固く人間の進入を拒み、彼らもまた人間への不干渉を掲げて森の外へは出てこなかった。
 例外は、現在もフィングレアで顧問を勤める水のエルフ、ルナール・フオルカ・エレニアールか。
 ルナールはフィングレアの初代女王である風のエルフ・セレンティの盟友であり、セレンティ亡き後もフィングレアを陰に日なたに教え導いてきた。
 しかしそれは例外中の例外であり、遙か上古にあったエルフと人間の蜜月時代など、とうに忘れられて久しい。
 これから紡がれる物語は、そんな時代の物語。
 永かった人間によるフィンデル・ファロスの統治が終わりを迎える、そのはじまりの物語である。

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2011.01.01 (Sat)
 ---かつて創造神フレアディルによって創られしフィンデル・ファロスは、同様に創られし5柱の女神たちにこよなく愛された。
 創造と同時に破壊の神でもあるフレアディルが破壊の左手を揮おうとした時、女神たちは創造神に対して最初で最後の反乱を起こす。
 女神たちは、父たるフレアディルの目からフィンデル・ファロスを隠してしまったのだ。
 ここから、フィンデル・ファロスの真の歴史がはじまる。
 地上にはエルフ、言語を解する動物、神獣、それから人間が栄えた。
 現在のように人間が地を覆い尽くしてしまうより以前、地を治めていたのはエルフたちだった。
 すらりと伸びた若木のような肢体、月光を編み込んだ長く美しい髪、透き通る肌は輝く白さ、涼やかな両眼は深い英知を秘めて煌めく。
 エルフとは、天空に輝くフレアディルの創りし星々の化身だった。
 星の誕生とともにこの地に生を受ける彼らは、創造神のいなくなったフィンデル・ファロスでは新たな生を受けるべくもない。
 そうして、時代の移ろいとともにエルフに代わり日々増え続ける人間たちが地の支配権を握るようになり……


 人間の時代を迎えたフィンデル・ファロスは、これまでに2度の変革の時を経て現在に至る。
 すなわち、フィングレア中興の名君、聖処女王との呼び声も高いセーナ女王による異界の封印。
 そのおよそ800年後にやはりフィングレアの王子によって、綻びかけた異界の封印が施される。

 そしてそれから200年の年月を数えた現在、フィンデル・ファロスはフィングレアを宗主国とする統一国家へと第一歩を踏み出そうとしていたーーー

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