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ここは朔が支配人を務める劇場《閑古鳥の啼く朝に》のサロンです。上映案内から、日々のつれづれ事まで。          のんびりまったり更新中。renewal:07/05/02
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2024.05.02 (Thu)
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2011.01.01 (Sat)
 いや、待て。
 ソリュートはそれまでの知識を総動員して考えを改めた。
 今よりずっと昔、まだフィンデル・ファロスと異界がつながっていた頃、稀に人間の中にも黒髪や黒瞳を持って生まれる者がいたという。
「たしか、リッタ・ハースは魔属だったと……」
 ソリュートは口の中で呟き、ふむ、と片手を顎に当てて考え込む姿勢となった。
 そんな主の姿に使用人たちは顔を見合わせるが、そんなものを気にするソリュートではない。
「これも一種の先祖返りか……?」
 魔族と人間の混血児は魔属と呼ばれ、特に魔族の血が濃く表れた者の中には黒髪、黒瞳を有する者も生まれたという。
 ソリュート・ハースの遠い先祖であるリッタ・ハースの容姿に関する記述は伝わっていないが、魔属であったことは書物に明記されていた。
 いや、しかし妻の懐妊は自分にとっては何も預かり知らぬことで……。
 なれば必然的に、この赤子がハース家の血を引いているはずもなく……。
 しかしこの髪、瞳の色は……
 そう考え込むソリュートの耳に、か細い声が届いた。
「……して、」
 ん?と思い視線を転じると、枕に顔を埋めるようにして泣いていた妻が濡れた面を上げていた。
「殺して下さい……っ」
 か細く囁かれたその言葉に、ぎょっと半歩後ずさったのは使用人たちだけだった。
 ソリュートは冷えた眼差しで妻である女を見下ろす。
「もう私を殺して下さいっ。これ以上の恥辱には耐えられません……!」
 妻の目は生まれたばかりの我が子をこの世の汚辱という汚辱、あらゆるけがれの権化であるかのように拒絶の目でもって睨んでいた。
 ソリュートは妻と赤子を静かに何度か見比べた後、手を伸ばして産婆から赤子を受け取った。
 そしてきびすを返して廊下へ向かいながら、
「妻は産後の疲れで体調が思わしくないようだ。落ち着くまで実家に戻すのが良いだろう」
 とだけ言った。
 赤子はトリアスと名付けられ、ハース家の嫡男として大切に養育された。
 その後トリアスがよちよち歩きをはじめ、言葉をしゃべりはじめても妻が実家から帰ってくることはなかった。

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