ここは朔が支配人を務める劇場《閑古鳥の啼く朝に》のサロンです。上映案内から、日々のつれづれ事まで。 のんびりまったり更新中。renewal:07/05/02
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お茶事……終わりました……
これでやっと年が越せます……(~-~;)
ところで何だか気持ち悪い……吐き気と戦ってます。
懐石を無理に詰め込んだ辺りからどんどん気持ち悪くなり、
いつ吐くかいつ吐くかと、席の間中気になってしょうがありませんでした……
やっぱり緊張していたのでしょうか……?
そんなつもりはあんまりなかったんですけど……。
ということで。今日は茶道部4回生6人による稽古茶事でした!
茶道部(学生)は毎年「正午の茶事」です。
お茶事は全部で7つの種類があり、朔たちが師事している先生のお宅では
一般の方たちは毎年違うのをやってはるようです。
で、今年は「口切」来年は「夜咄」だそうです。
夜咄いいな~。朔も来年参加出来ればいいのに……。
本来お茶事の亭主は1人ですが、朔たち学生の茶事はあくまで稽古なので、
亭主は2人(亭主と半東)でやりました。
で、朔は半東。懐石の準備と後炭点前と薄茶が担当です。
お客さんは4人(正客、次客、三客、末客)です。
今日は亭主側は10時半(お茶事の開始は11時半頃)に先生のお宅にお邪魔し、
即懐石の準備に取り掛かりました。
懐石……又の名を拷問……(朔の主観)。
美味しいよ? 確かに美味しいよ?
だけど……あの量と覚える問答の多さ……っ!
なぜ御飯が3度に分かれて出て来るのか!
汁かえって、一体何杯飲む気なんだ!?(お客さんは3杯。亭主側は汁かえ省略なんで2杯)
お酒なんて飲みたくないし…!(但し亭主側は水屋でのお相伴なんで飲まなくて済んだ)
残しちゃいけないなんて、そんな殺生な……ッ(一番の苦難)!!
あ~もう、時間との戦いだし、味わってる暇ないし(すぐに洗い物がくるから)、
詰め込むだけ詰め込んだって感じですよ。
キモチワル……。
段取りを振り返ってみると……
まず荷物を置いたら先生にご挨拶して、お菓子と薄茶を一服頂く。
それから軸やら茶碗やら茶杓やら薄器、茶入の説明やらを受けたら、
亭主はそのまま濃茶や初炭の準備のために水屋に残り、
朔は割烹着(きもの姿だから)を着て台所にイン!
手伝いに来てくれた後輩と一緒に懐石の準備!
銀杏の鬼皮をトンカチ?で割って、茹でる。何かそれを松葉?に突き刺す
よもぎ麩を6(汁かえもあるから6。一杯に3つ)×7人に切る
大根・柿を千切りにする(なます用) 大根は塩もみ
柚子の皮を薄く削いで千切り(本当は松葉とか凝った形がいいんだろうけど、朔にその余裕はナシ)にする(おすまし用…だったはず)。
昆布〆の刺身を薔薇の花びらのように盛り付ける
確かこのあたりでお客さんが待合に入って、朔は白湯を運んだ。
「どうぞお湯をお召し上がりの上、お腰掛けへ」とか言う。
間違えてお盆を持って帰ってしまった(笑)
(本来は待合に置いて来て、末客が湯呑や座蒲団を片付けるらしい)
すぐに台所に戻って懐石準備。
一文字の御飯とよもぎ麩のお味噌汁(と言っていいのだろうか…? 白味噌ですよ! さすが京都☆)、昆布〆のお刺身を折敷に乗せ、お客さんが席入りすると亭主が一膳ずつ運ぶ。
おすまし用の団子の海老を剥く。
なます用大根の水気を絞り、胡麻味噌?と塩?を和えたドレッシング?と混ぜ合わす。柿は潰れやすいので後から混入。
香の物(水菜を巻いた千枚付けは竹のように切る。お新香は拍子木切り。かぶらはトマトのように)を盛り付ける。
なんか朔たちが働く以上に先生方(大先生、息子さん、お嫁さん先生)が動いてはって、朔には全体像が見えませんでした……(-_-;)
なんかあれよあれよという間に飯器も用意されてるし、杯台とか燗鍋もいつの間にか戻って来るし、
そもそも器類は使う前に温めないといけないから、先生方の思考は先へ先へといっているわけです。
とてもじゃないけどお茶事初参戦のペーペーには付いていけませんでした……。
言われた通りに動くのが精一杯です……。
そうそう、味噌汁には芥子一滴。
焼き物(魚)を焼き始める。
海老の団子を茹で始める。
一段落したら、亭主も台所に来て一緒にご相伴する。
苦しかった……。
朔たちが食べている間にも先生方は働き続け、ずっと台所にいる朔にはもはや席がどこまで進んだのか全く分からない状態。
八寸の準備とか湯桶とか、元節と天節の2種類のお箸?があったことは覚えてるけど、どう使い分けるかは忘れた……。
そのうち食べ終わると、怒涛の洗い物ラッシュがやって来る。
陶器のお皿はふつうに洗っていいけど、塗りの食器は洗剤を溶いたぬるま湯の中で日本手拭いで洗う(たわし等は厳禁! 拭く時も必ず日本手拭いで)。
拭いたら一旦温め(乾かし)、もう一度空拭きしてから仕舞う。
青竹のお箸?は絶対に水で洗う。お湯だと色が変わるから。
折敷に熱湯を掛けない(色が変わるから)。あと日本手拭いで。
洗い物が終わったら、朔は台所でお菓子を頂いて、初炭が終わり濃茶席がはじまった頃に「お相伴させて頂きます」って言って席入りした。
お濃茶を頂いたら退出して、後炭点前の準備。
この頃に、用事が済んで後輩は帰った。
先生は薄茶用のお茶碗などを温めて下さっていた。
濃茶が終われば、亭主とバトンタッチして朔の後炭点前の開始。
難なくクリア。
続いて薄茶席開始。まず煙草盆、干菓子を運ぶ。
亭主だった子は、替茶碗と茶巾落し(替茶巾つき)を運んでくれて、そのまま席入り。
薄茶席、本当はみんな2服するみたいなんだけど、何かもう亭主側も客側もげんなりしてきて、
先生が見てないのをいい事に(笑)勝手に二服目を省略してしまいました(ギャーッ!)
しかも唆したのは当の朔だし!
だって、白湯飲んで汁物3杯も飲んでその上濃茶も飲んで、さらに薄茶2服って拷問じゃないですかッ?
朔たちはまだ要領が掴めてないんで、お手洗いに行くタイミングだって分からないし…。
お客さんたちは中立ちとか言って、寒空の中お庭で待つ時間とかあるんですよ?
最後の最後にそんなに飲めないよ…という配慮(笑)だったのですが。
……実はかなり時間が押していたという裏事情もあり(笑)
なんか「茶事は二時(フタトキ)」という言葉があるらしく、本来4時間で終わるものらしいんですよね。
で、今回はお客さんが4人(通常より少ない)だから「3時には終わらないとね」と先生が最初に仰っていたので……。
本当は省略とかしちゃいけないんでしょうけどね~(^-^;)
そもそも茶席で時間を気にしている時点でアウトな気が……。
だけどもう、何度も繰り返すようですが、朔だって吐き気と戦っていたわけで、はやく終わるに越したことはなかったわけですよ……!
お客さんの胃と足(客は4時間ほぼ正座しっぱなし)のためにも……!
拝見の問答して引いて帰ったら、亭主の子とバトンタッチしてまた朔は裏方担当。
炭、灰、抹茶、その他道具の片付け。
客がみんな出ていったら、にじり口に亭主と並んで一礼と無言の(笑)お見送り。
客が待合に入ったら、梨とお茶を運んで、朔たちも一緒にお相伴。
和やかに会話を楽しむ場らしい(笑)
で、オシマイ。
亭主側の人間は先生に明日の御礼の時間と金額をお伺いして退出。
お疲れ様でした。
と、こんな感じです。
もう参った参った。
は~、でもこれでやっと今年が終われる。
後は初釜(1月14日)と卒論(提出日・1月15日)だ~(目下のところは)。
どうよ、この悪魔のようなニ連チャン!!(笑)
これは一体何の試練なのかっ?
まぁ、いいけどね。やるしかないから。
それにしても今回のお茶事は、半東で本当に良かったと思いました。
ある意味、一番半東が楽だと思います(ヒドイ奴)。
だって、台所で食べるから作法を気にせず懐石が食べられるし、汁物もお酒もまだましな量だし、炭点前が覚えられるし。
今回の茶事でみんなが一番どこに神経使ったかと言えば、主役であるはずの濃茶を差し置いて懐石ですよ!
もうほんとややこしい。意味不明(……)の問答多すぎ! 飯碗・汁碗の蓋の開け方・置き方からして決まりがあるんですよっ?
事前に資料をいくら読んで頭に入れても、見たこともない道具の数々を操るのは無理です……。
亭主とお客役の子たちは本当に必死でそれらを頭に叩き込んで(そして当日はカンペを持ち込んで)いましたが、それらにまったく関係のない朔はほぼスルー状態でした(笑)
朔がお茶事に向けて稽古したのは、後炭点前だけ。
ああ、みんなには悪いけど楽でした(笑)
みんな4回生ということもあり、お茶事の終わったその足で大学に戻り担当教官と面談っていう子もちらほら。
なのに朔ときたら、担当の先生が放任主義なのをいいことに、中間発表以来一度もコンタクト取ってませんからね!(笑)
だって会っても何も言われないし(実はこれもちょっと辛い)。
みんな忙しい中本当に良く頑張ってました。いいメンバーです。
では最後に、聞きかじりの会記を(口頭説明のため、漢字が分からない……)。
<待合>
軸 奥谷シュウ石 筆(14代淡淡斎の絵の師) 姫達磨(と歌)
<初炭>
香合 鴛鴦 浅見ヨシゾウ作
香 松の齢
<懐石>
軸 15代鵬雲斎筆「無事是貴人」
<濃茶席>
花入 益洲老師(たしかこんな漢字だったはず?)作 「雪月花」
茶碗 大樋?長兵衛とかなんとか… 確か加賀の人だった気が……
茶入 備前焼の土で作られたナンタラ
茶杓 14代淡淡斎の箱書?「聴松」
抹茶 長松の昔(詰…柳桜園)
風炉先 扇面ちらし(14代淡淡斎のナニカ)
炉淵 高台寺蒔絵菊桐 マエハタガホウ造
釜 阿弥陀堂 浄義造 (たぶん、定例茶会と同じ?)
水指 浅葱交趾(漢字が…違うと思う……)「青海波」
なんか「マクズコウ」という言葉も聞いたような気がするけど、
これは何だったんだろう……
棚 豊祥棚
<薄茶席>
茶碗 崇楽 オダセッソウ老師(4代前の大徳寺管長)作 「瑞雲」
お替 松坂万(萬?)古焼 かぶら(の絵)
薄器 源氏香棗
(蓋に乙女。合わせ目に玉鬘。胴に若紫。蓋の裏に当代坐忘斎の花押)
抹茶 相生の白(詰…松涛園)
後の道具は濃茶と同じ。
そういえば、煙草盆にも誰かの花押が入ってた。(淡淡斎だっけ?)
ふぅ。
豊祥棚は、自分で使うのは初めてでした♪
たしか、この間どこかの茶会(自分の記録をチェックしろよ)で見かけただけ。
そんな棚をいきなり本番で出すなんて、先生ってばおちゃめさん♪
……なんでしょう、朔たちならきっと大丈夫☆と信頼されているのだと取って置きます……。
けしてイジメではないはず(笑)
ではでは。
これでやっと年が越せます……(~-~;)
ところで何だか気持ち悪い……吐き気と戦ってます。
懐石を無理に詰め込んだ辺りからどんどん気持ち悪くなり、
いつ吐くかいつ吐くかと、席の間中気になってしょうがありませんでした……
やっぱり緊張していたのでしょうか……?
そんなつもりはあんまりなかったんですけど……。
ということで。今日は茶道部4回生6人による稽古茶事でした!
茶道部(学生)は毎年「正午の茶事」です。
お茶事は全部で7つの種類があり、朔たちが師事している先生のお宅では
一般の方たちは毎年違うのをやってはるようです。
で、今年は「口切」来年は「夜咄」だそうです。
夜咄いいな~。朔も来年参加出来ればいいのに……。
本来お茶事の亭主は1人ですが、朔たち学生の茶事はあくまで稽古なので、
亭主は2人(亭主と半東)でやりました。
で、朔は半東。懐石の準備と後炭点前と薄茶が担当です。
お客さんは4人(正客、次客、三客、末客)です。
今日は亭主側は10時半(お茶事の開始は11時半頃)に先生のお宅にお邪魔し、
即懐石の準備に取り掛かりました。
懐石……又の名を拷問……(朔の主観)。
美味しいよ? 確かに美味しいよ?
だけど……あの量と覚える問答の多さ……っ!
なぜ御飯が3度に分かれて出て来るのか!
汁かえって、一体何杯飲む気なんだ!?(お客さんは3杯。亭主側は汁かえ省略なんで2杯)
お酒なんて飲みたくないし…!(但し亭主側は水屋でのお相伴なんで飲まなくて済んだ)
残しちゃいけないなんて、そんな殺生な……ッ(一番の苦難)!!
あ~もう、時間との戦いだし、味わってる暇ないし(すぐに洗い物がくるから)、
詰め込むだけ詰め込んだって感じですよ。
キモチワル……。
段取りを振り返ってみると……
まず荷物を置いたら先生にご挨拶して、お菓子と薄茶を一服頂く。
それから軸やら茶碗やら茶杓やら薄器、茶入の説明やらを受けたら、
亭主はそのまま濃茶や初炭の準備のために水屋に残り、
朔は割烹着(きもの姿だから)を着て台所にイン!
手伝いに来てくれた後輩と一緒に懐石の準備!
銀杏の鬼皮をトンカチ?で割って、茹でる。何かそれを松葉?に突き刺す
よもぎ麩を6(汁かえもあるから6。一杯に3つ)×7人に切る
大根・柿を千切りにする(なます用) 大根は塩もみ
柚子の皮を薄く削いで千切り(本当は松葉とか凝った形がいいんだろうけど、朔にその余裕はナシ)にする(おすまし用…だったはず)。
昆布〆の刺身を薔薇の花びらのように盛り付ける
確かこのあたりでお客さんが待合に入って、朔は白湯を運んだ。
「どうぞお湯をお召し上がりの上、お腰掛けへ」とか言う。
間違えてお盆を持って帰ってしまった(笑)
(本来は待合に置いて来て、末客が湯呑や座蒲団を片付けるらしい)
すぐに台所に戻って懐石準備。
一文字の御飯とよもぎ麩のお味噌汁(と言っていいのだろうか…? 白味噌ですよ! さすが京都☆)、昆布〆のお刺身を折敷に乗せ、お客さんが席入りすると亭主が一膳ずつ運ぶ。
おすまし用の団子の海老を剥く。
なます用大根の水気を絞り、胡麻味噌?と塩?を和えたドレッシング?と混ぜ合わす。柿は潰れやすいので後から混入。
香の物(水菜を巻いた千枚付けは竹のように切る。お新香は拍子木切り。かぶらはトマトのように)を盛り付ける。
なんか朔たちが働く以上に先生方(大先生、息子さん、お嫁さん先生)が動いてはって、朔には全体像が見えませんでした……(-_-;)
なんかあれよあれよという間に飯器も用意されてるし、杯台とか燗鍋もいつの間にか戻って来るし、
そもそも器類は使う前に温めないといけないから、先生方の思考は先へ先へといっているわけです。
とてもじゃないけどお茶事初参戦のペーペーには付いていけませんでした……。
言われた通りに動くのが精一杯です……。
そうそう、味噌汁には芥子一滴。
焼き物(魚)を焼き始める。
海老の団子を茹で始める。
一段落したら、亭主も台所に来て一緒にご相伴する。
苦しかった……。
朔たちが食べている間にも先生方は働き続け、ずっと台所にいる朔にはもはや席がどこまで進んだのか全く分からない状態。
八寸の準備とか湯桶とか、元節と天節の2種類のお箸?があったことは覚えてるけど、どう使い分けるかは忘れた……。
そのうち食べ終わると、怒涛の洗い物ラッシュがやって来る。
陶器のお皿はふつうに洗っていいけど、塗りの食器は洗剤を溶いたぬるま湯の中で日本手拭いで洗う(たわし等は厳禁! 拭く時も必ず日本手拭いで)。
拭いたら一旦温め(乾かし)、もう一度空拭きしてから仕舞う。
青竹のお箸?は絶対に水で洗う。お湯だと色が変わるから。
折敷に熱湯を掛けない(色が変わるから)。あと日本手拭いで。
洗い物が終わったら、朔は台所でお菓子を頂いて、初炭が終わり濃茶席がはじまった頃に「お相伴させて頂きます」って言って席入りした。
お濃茶を頂いたら退出して、後炭点前の準備。
この頃に、用事が済んで後輩は帰った。
先生は薄茶用のお茶碗などを温めて下さっていた。
濃茶が終われば、亭主とバトンタッチして朔の後炭点前の開始。
難なくクリア。
続いて薄茶席開始。まず煙草盆、干菓子を運ぶ。
亭主だった子は、替茶碗と茶巾落し(替茶巾つき)を運んでくれて、そのまま席入り。
薄茶席、本当はみんな2服するみたいなんだけど、何かもう亭主側も客側もげんなりしてきて、
先生が見てないのをいい事に(笑)勝手に二服目を省略してしまいました(ギャーッ!)
しかも唆したのは当の朔だし!
だって、白湯飲んで汁物3杯も飲んでその上濃茶も飲んで、さらに薄茶2服って拷問じゃないですかッ?
朔たちはまだ要領が掴めてないんで、お手洗いに行くタイミングだって分からないし…。
お客さんたちは中立ちとか言って、寒空の中お庭で待つ時間とかあるんですよ?
最後の最後にそんなに飲めないよ…という配慮(笑)だったのですが。
……実はかなり時間が押していたという裏事情もあり(笑)
なんか「茶事は二時(フタトキ)」という言葉があるらしく、本来4時間で終わるものらしいんですよね。
で、今回はお客さんが4人(通常より少ない)だから「3時には終わらないとね」と先生が最初に仰っていたので……。
本当は省略とかしちゃいけないんでしょうけどね~(^-^;)
そもそも茶席で時間を気にしている時点でアウトな気が……。
だけどもう、何度も繰り返すようですが、朔だって吐き気と戦っていたわけで、はやく終わるに越したことはなかったわけですよ……!
お客さんの胃と足(客は4時間ほぼ正座しっぱなし)のためにも……!
拝見の問答して引いて帰ったら、亭主の子とバトンタッチしてまた朔は裏方担当。
炭、灰、抹茶、その他道具の片付け。
客がみんな出ていったら、にじり口に亭主と並んで一礼と無言の(笑)お見送り。
客が待合に入ったら、梨とお茶を運んで、朔たちも一緒にお相伴。
和やかに会話を楽しむ場らしい(笑)
で、オシマイ。
亭主側の人間は先生に明日の御礼の時間と金額をお伺いして退出。
お疲れ様でした。
と、こんな感じです。
もう参った参った。
は~、でもこれでやっと今年が終われる。
後は初釜(1月14日)と卒論(提出日・1月15日)だ~(目下のところは)。
どうよ、この悪魔のようなニ連チャン!!(笑)
これは一体何の試練なのかっ?
まぁ、いいけどね。やるしかないから。
それにしても今回のお茶事は、半東で本当に良かったと思いました。
ある意味、一番半東が楽だと思います(ヒドイ奴)。
だって、台所で食べるから作法を気にせず懐石が食べられるし、汁物もお酒もまだましな量だし、炭点前が覚えられるし。
今回の茶事でみんなが一番どこに神経使ったかと言えば、主役であるはずの濃茶を差し置いて懐石ですよ!
もうほんとややこしい。意味不明(……)の問答多すぎ! 飯碗・汁碗の蓋の開け方・置き方からして決まりがあるんですよっ?
事前に資料をいくら読んで頭に入れても、見たこともない道具の数々を操るのは無理です……。
亭主とお客役の子たちは本当に必死でそれらを頭に叩き込んで(そして当日はカンペを持ち込んで)いましたが、それらにまったく関係のない朔はほぼスルー状態でした(笑)
朔がお茶事に向けて稽古したのは、後炭点前だけ。
ああ、みんなには悪いけど楽でした(笑)
みんな4回生ということもあり、お茶事の終わったその足で大学に戻り担当教官と面談っていう子もちらほら。
なのに朔ときたら、担当の先生が放任主義なのをいいことに、中間発表以来一度もコンタクト取ってませんからね!(笑)
だって会っても何も言われないし(実はこれもちょっと辛い)。
みんな忙しい中本当に良く頑張ってました。いいメンバーです。
では最後に、聞きかじりの会記を(口頭説明のため、漢字が分からない……)。
<待合>
軸 奥谷シュウ石 筆(14代淡淡斎の絵の師) 姫達磨(と歌)
<初炭>
香合 鴛鴦 浅見ヨシゾウ作
香 松の齢
<懐石>
軸 15代鵬雲斎筆「無事是貴人」
<濃茶席>
花入 益洲老師(たしかこんな漢字だったはず?)作 「雪月花」
茶碗 大樋?長兵衛とかなんとか… 確か加賀の人だった気が……
茶入 備前焼の土で作られたナンタラ
茶杓 14代淡淡斎の箱書?「聴松」
抹茶 長松の昔(詰…柳桜園)
風炉先 扇面ちらし(14代淡淡斎のナニカ)
炉淵 高台寺蒔絵菊桐 マエハタガホウ造
釜 阿弥陀堂 浄義造 (たぶん、定例茶会と同じ?)
水指 浅葱交趾(漢字が…違うと思う……)「青海波」
なんか「マクズコウ」という言葉も聞いたような気がするけど、
これは何だったんだろう……
棚 豊祥棚
<薄茶席>
茶碗 崇楽 オダセッソウ老師(4代前の大徳寺管長)作 「瑞雲」
お替 松坂万(萬?)古焼 かぶら(の絵)
薄器 源氏香棗
(蓋に乙女。合わせ目に玉鬘。胴に若紫。蓋の裏に当代坐忘斎の花押)
抹茶 相生の白(詰…松涛園)
後の道具は濃茶と同じ。
そういえば、煙草盆にも誰かの花押が入ってた。(淡淡斎だっけ?)
ふぅ。
豊祥棚は、自分で使うのは初めてでした♪
たしか、この間どこかの茶会(自分の記録をチェックしろよ)で見かけただけ。
そんな棚をいきなり本番で出すなんて、先生ってばおちゃめさん♪
……なんでしょう、朔たちならきっと大丈夫☆と信頼されているのだと取って置きます……。
けしてイジメではないはず(笑)
ではでは。
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