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ここは朔が支配人を務める劇場《閑古鳥の啼く朝に》のサロンです。上映案内から、日々のつれづれ事まで。          のんびりまったり更新中。renewal:07/05/02
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更新
2008.05.06 (Tue)
こんばんわ。

 さて今回上映致しますのは。
『君のトビラを。』より、
 第2章迷宮篇から1の6でございます→→→→→→→→→コチラ

  藤村、巻き返しなるかっ?!笑


ところで。
 帰省から戻って参りました。

 今回のメイン行事は伯母の法事だったわけですが。
 う~ん、仏教ねぇ~……。
 全く素養のない朔としては、読経も一種の伝統技能かなぁという新しい発見がありました。
 高校時代に、音痴なお坊さんがいる、という話を友達がしていたのですが、それは聞くに堪えんだろうなーと改めて思いました。笑
 読経ってすごいですよね。
 うん。宗教とか関係なく、聞く価値はあるかも。

 そしてもう1つ思ったこと。
 現代社会で「あなかしこ あなかしこ」なんて聞く機会、神事と仏事以外にはもうないんじゃないかな~、ということ。
 お経って、もろ古典ですよね。
「〇〇上人」とか、フツーに出てきますよね。
 独特の節回しもあるし、一般人には聞き取れないところが多いんですけど……。

 これほどまでに、受け手を限定する宗教って世界にありますかね……?
 肝心の「教え」の部分が古典すぎて分からないという罠。

 ホテルとかに必ず置いてある聖書でさえ、堅い表現ではありつつも、古語とまではいきませんよ?笑
 聖書は世界最大のベストセラーでもありますし、一般的に親しみやすいように改定されてます。
 イスラム教のことはよく知りませんが……。
 でも、仏教ほど日常生活と乖離してはないような気がします、たぶん。

 仏教、このままで生き残れるんでしょうか。
 うちの祖父はお寺出身ということで、自分でお経上げてました。
 その横で、祖母もやや遅れながら(そして音をはずしながら)お経あげてました。
 でも、その世代までじゃないですかね?
 果たしてうちの両親は読経できるんでしょうか??
 もっちろん朔にはムリです。
 妹たちもムリでしょう。
 朔たちの世代で、自分の両親が亡くなった時に読経できる人って、ほっとんどいないような気が……。
 よしんば、かろうじて唱和?は出来たとして、たぶん振り仮名を必死で追うだけで意味は全く分かってないってことになる方に1票。
 それって意味あるのかなぁ。
 ホームステイ中に日曜日に教会に連れて行かれて、賛美歌の本を渡されて必死に英語の歌詞を追ってた朔と同じくらい意味がない気が。

 形骸化した宗教に何の意味があるんだろう。

 伝統技能としては尊敬に値するけれども。

 読経はすばらしいなー(ほとんど歌舞伎鑑賞とかと同じ感覚)と思いながら聴いていて、その後の説法??に入ると途端に冷めた朔でした。


ではでは。

  ---支配人・朔---

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